2012年4月10日火曜日

名古屋大学医学部・大学院医学系研究科 消化器疾患先端研究寄附講座


研究室概要

消化器内科分野における難治性疾患の病態解明ならびに新しい治療法・検査法の開発

酢酸ナトリウム注腸有効症例

従来の治療では難治性であった潰瘍性大腸炎(UC)4例に対して酢酸ナトリウム注腸を行ったところ2例で改善を認めた。

また術後再発クローン病(CD)1例に対しても酢酸ナトリウム注腸を行ったところ改善を得た。

なお有害事象は認めなかった。

炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)・肝疾患・悪性腫瘍の病態を分子レベルで解明し、その知見を新しい治療法・検査法の開発に応用することが本講座の目的である。

また研究を支援する新しい動物モデルやツールの開発も行っている。

これまでの研究成果

1.腸内細菌が産生する酢酸によるT細胞活性化制御の分子機序の解明

2.ハプテン-タンパク複合体を蛍光観察できる腸炎モデルの開発

3.大腸粘膜の腺管構造や炎症細胞浸潤を観察できる蛍光試薬の開発

これらはいずれも炎症性腸疾患の病態解明ならびに新規治療法・検査法の開発に有用である。炎症性腸疾患は未だ病因が不明な難治性疾患であり、慢性腸炎のため著しく社会生活が障害されてしまうことがある。特に若年から発症することがあるため治癒を目指した新しい治療法の開発が切に望まれている。現在まで炎症性腸疾患の病因として内的要因(遺伝子変異、Th17細胞・Treg細胞の関与など)が詳しく検討されている。しかし、腸内には様々な細菌や食物残渣が存在し、この外的要因こそが炎症性腸疾患発症のFirst impactになっていると我々は考えている。これは通常の胃潰瘍・十二指腸潰瘍でも内的要因が関与している一方で胃内のピロリ菌が発症に重要であり、その除菌によって初めて治癒が可能になったことから類推される。今後は炎症性腸疾患の外的要因を解析することでFirst impactを同定し、それを除去することにより治癒を目指す根治的治療法の開発に取り組んで行きたい。

1.腸内細菌が産生する酢酸によるT細胞活性化制御の分子機序解明

酢酸は腸内細菌が産生する中・短鎖脂肪酸の中で最も量が多く、乳酸菌やビフィズス菌も乳酸と同じくらい酢酸を産生している。この酢酸が免疫において重要な役割を果たしているT細胞の活性化に与える影響を検討したところ、酢酸および酢酸ナトリウムは活性化T細胞でサイトカイン遺伝子の発現に関与している転写因子NFATの核内移行を阻害することが分かった。これは臨床で使用されている免疫調節剤であるサイクロスポリンやタクロリムスと同じ作用である。但し、酢酸の作用機序はこれまでの免疫調節剤とは全く異なるものであった。

詳しくはEuropean Journal of Immunology 2007, 37, 2309


どのような感染症の種類と、抗生物質の御馳走をシプロフロキサシンのでしょうか?

腸内細菌は酢酸を産生することで過剰な炎症を抑制しているのかもしれない。一方、炎症性腸疾患では腸内細菌の酢酸産生が低下することが報告されている。この酢酸産生低下が腸炎悪化に関与している可能性があるため、炎症性腸疾患に対して腸管内に酢酸ナトリウムを供給することが新しい治療法として期待できる。

2.ハプテン-タンパク複合体を蛍光観察できる腸炎モデル

TNBSやoxazoloneの注腸により誘発される腸炎は炎症性腸疾患の病態研究や抗炎症療法の効果判定に利用されている。これらの化合物はハプテンとして大腸粘膜内でタンパクと結合することで抗原となりマクロファージに取り込まれ、そのマクロファージがT細胞を活性化することにより腸炎が発症するとされている。しかし、TNBSなどのハプテンに対してハプテン-タンパク複合体を特異的に大腸粘膜内で観察する手段がなかったため、この腸炎発症機序は仮説にすぎない。

NBD-Clは単独では蛍光を示さないがタンパクと結合しNBD-タンパク複合体になると蛍光を示すようなり、その蛍光特性はフルオレセインやGFPと同じである一方、接触性皮膚炎を起こすことが報告されている。我々はこのNBD-Clを利用してハプテン-タンパク複合体を特異的に観察できる新しい腸炎モデルの開発を行った。

NBD-ClをTNBSなどと同じようにマウスに注腸した結果、

①下痢・下血・体重減少など腸炎症状を起こす

②新鮮大腸標本で腸炎を認める部位にNBD-タンパク複合体を示す蛍光を認める

③パラフィン切片でも同様な所見を認める

ことがわかった。更に蛍光免疫染色の併用によりNBD-タンパク複合体の周囲にマクロファージが浸潤すること、flow cytometryによりNBD-タンパク複合体がマクロファージに取り込まれ、そのマクロファージがT細胞を活性化することも確認できた。腸炎発症におけるサイトカインの関与を検討したところIL-6とIL-17の産生を認めた。抗IL-6受容体抗体を用いた抗炎症療法をNBD-Cl誘発腸炎で評価した際にはNBD-タンパク複合体形成を蛍光観察により確認できる部位で腸炎の軽減を認めた。

詳しくはBiotechniques 2010, 49, 641

NBD-Cl誘発腸炎はハプテン-タンパク複合体を蛍光観察できる新しい腸炎モデルである。ハプテン-タンパク複合体形成と腸炎発症の検討に有用であり、抗炎症療法の効果を判定する際にはハプテン-タンパク複合体形成を確認することができるため、より正確な評価が可能である。

NBD-Cl腸炎作成方法)BALB/cマウス8週齢メス

1)NBD-Cl(東京化成工業)200 mg/ml DMSOを作成。-80度で保存可能。

2)NBD-Cl 200 mg/ml 5 ul + Ethanol 400 ul + H2O 600 ul1 ml分。

3)翼状針セットを1 mlシリンジに接続、翼状針部分は切り取る。

4)チューブ部分を利用してNBD-Cl液を100 ul採取(チューブに目盛りを付けると便利)。

5)マウスをエーテルで軽く麻酔して肛門からチューブを2cm挿入、ゆっくり投与。


私は離乳メトホルミンする必要がありません
6)投与後30秒間は尻尾を持ち上げ注腸液が漏れないようにする。

3.大腸粘膜に浸すだけで腺管構造や炎症細胞浸潤を評価できる蛍光観察試薬

これまで大腸粘膜の蛍光観察にはフルオレセインが用いられている。しかし、フルオレセイン自体による蛍光がバックグラウンドとなるため観察部位に散布して使用することができず静脈注射を行う必要がある。またフルオレセインは非特異的蛍光色素であるため得られる情報も乏しい。我々が開発した蛍光観察試薬は大腸粘膜に浸すだけで洗浄する必要もなく極めて容易に大腸粘膜の杯細胞を反映し腺管を環状蛍光像として観察できる。また腸炎の粘膜では腺管の破壊により環状蛍光像の消失を認める一方、浸潤した炎症細胞が有するリソゾームを反映した点状蛍光像集簇を観察できる

詳しくはBMC Gastroenterology 2010, 10, 4

新しい研究成果

酢酸の作用機序と転写因子NFAT核内移行の分子機序

T細胞活性化に重要な転写因子NFATはリン酸化された状態でT細胞の細胞質に存在するが、刺激がT細胞に加わるとcalcineurinにより脱リン酸化され核内輸送体importin betaと結合し核内へと運ばれていく。通常、importin betaとの結合にはimportin alphaなどのアダプター分子が必要とされるが、NFATimportin betaとの結合を補助するアダプター分子は未だ発見されていなかった。

酢酸・酢酸ナトリウムはNFAT-importin beta結合を阻害しNFATの核内移行を抑制するため、今回この作用機序に関して研究したところ

①酢酸ナトリウムはtubulin alphaのアセチル化を誘導する

tubulin alphaNFATimportin betaの結合を補助するアダプター分子であった

tubulin alphaのアセチル化はそのアダプター機能を妨げる

ことがわかった。

酪酸はヒストンのアセチル化を誘導するがtubulin alphaのアセチル化を誘導しないため、このtubulin alphaのアセチル化は酢酸に特徴的な作用である。

Tubulin alphaのアセチル化はNFATの核内移行を抑制する新しいターゲットになりうる一方、酢酸の作用の指標(バイオマーカー)に用いることもできる。

詳しくはJournal of Immunology 2011, 186, 2710


numbessは膝の怪我の間に発生した
以前から我々は腸内細菌が産生する酢酸が大腸でのT細胞活性化制御に関与している可能性を示唆している。大腸における酢酸の作用を評価するため大腸におけるtubulin alphaアセチル化を検討したところ、便中酢酸濃度に従い大腸各部位でtubulin alphaがアセチル化されていることがわかった(未発表データ)。今後も酢酸の生理的・病理的意義を検討していく。

天然化合物の薬理作用から新しい抗炎症療法の戦略

生薬は伝統的に様々な疾患の治療に用いられ、その成分には化学構造が極めて多様であるという特徴がありcombinatorial chemistryのような人工化合物ライブラリにはない魅力となっている。その生薬成分が有するユニークな薬理作用を解析することで新しい治療戦略を見つけることが我々の研究の目的である。

本研究では活性化マクロファージのviability(生存能)を特異的に低下させる生薬成分を検索したところエンゴサクに含まれるDehydrocorydalineを見出した。

LPSで刺激されたマクロファージではIL-6などサイトカインの産生によるATP消費を補うためミトコンドリア膜電位が上昇する。Dehydrocorydalineはこのミトコンドリア膜電位上昇を阻害する作用があり、その結果、活性化マクロファージではATPが枯渇するためviabilityは低下しサイトカインの産生も中断する。我々はDehydrocorydalineLPSを投与したマウスでIL-6産生を抑制し体重減少を改善する効果があることも観察した。

詳しくはInternational Immunopharmacology 2011, 11, 1362

なお、Dehydrocorydalineにはアレルギー改善作用も報告されている(Matsuda et al. Biol Pharm Bull 1997, 20, 431-4)。マクロファージは炎症性サイトカインの産生だけでなく抗原を提示する能力があり様々なアレルギーにも関与している。今回我々が発見したDehydrocorydalineの作用はマクロファージの抗原提示能にも影響を与える可能性がある


教員

構成員名/英名表記 役職 所属
石黒和博/Kazuhiro Ishiguro
詳しくはこちら→
准教授名古屋大学大学院医学系研究科消化器疾患先端研究寄附講座
前田修/Osamu Maeda
詳しくはこちら→
助教名古屋大学大学院医学系研究科消化器疾患先端研究寄附講座

研究分野紹介

消化器内科学
分子生物学
消化器疾患の病態解明ならび新規治療法・検査法の開発

研究キーワード

炎症性腸疾患、肝疾患、悪性腫瘍

研究成果公表

主要論文リスト

Syndecan-4 deficiency impairs focal adhesion formation only under restricted conditions. J. Biol. Chem. 2000, 275, 5249-5252

Complete antithrombin deficiency in mice results in embryonic lethality. J. Clin. Invest. 2000, 106, 873-878

 

Syndecan-4 deficiency leads to high mortality of lipopolysaccharide-injected mice. J. Biol. Chem. 2001, 276, 47483-47488

 

Homer-3 regulates activation of serum response element in T cells via its EVH1 domain. Blood 2004, 103, 2248-2256

WAVE2 activates serum response element via its VCA region in the downstream of Rac. Exp. Cell Res. 2004, 301, 331-337

 

Plakoglobin (gamma-catenin) has TCF/LEF family-dependent transcriptional activity in beta-catenin-deficient cell line. Oncogene 2004, 23, 964-972.

 

Nore1B regulates TCR signaling via Ras and Carma1. Cell. Signal. 2006, 18, 1647-1654

Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II is a modulator of Carma1-mediated NF-kappaB activation. Mol. Cell. Biol. 2006, 26, 5497-5508

Paeonol attenuates TNBS-induced colitis by inhibiting transactivation of NF-kappaB and STAT1. Toxicol. Appl. Pharmacol. 2006, 217, 35-42

 

Enhancement of GLI1-transcriptional activity by beta-catenin in human cancer cells. Oncol Rep 2006,16, 91-96

 

Bcl10 is phosphorylated on Ser138 by Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II. Mol. Immunol. 2007, 44, 2095-2100

Acetate inhibits NFAT activation in T cells via importin beta1 interference. Eur. J. Immunol. 2007, 37, 2309-2316

Ginger ingredients reduce viability of gastric cancer cells via distinct mechanisms. Biochem. Biophys. Res. Commun. 2007, 362, 218-223

 


Novel application of 4-nitro-7-(1-piperazinyl)-2,1,3-benzoxadiazole to visualize lysosomes in live cells. BioTechniques 2008, 45, 465-468

Specific reaction of alpha,beta-unsaturated carbonyl compounds such as 6-shogaol with sulfhydryl groups in tubulin leading to microtubule damage. FEBS Letters 2008, 582, 3531-3536

 

Novel application of low pH-dependent fluorescent dyes to examine colitis. BMC Gastroenterology 2010, 10, 4

Novel mouse model of colitis characterized by hapten-protein visualization. Biotechniques 2010, 49, 641-648

 

Tubulin alpha functions as an adaptor for NFAT-importin beta interaction. Journal of Immunology 2011, 186, 2710-2713

Dehydrocorydaline inhibits elevated mitochondrial membrane potential in lipopolysaccharide-stimulated macrophages. Int. Immunopharmacol. 2011, 11, 1362-1367



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